バセドウ病との日々

病気と闘い、付き合う毎日の記録。

ケロイド が治らないと言われた日

今日は、形成外科の診察。


ケロイド の経過と治療。


頬のケロイド 、

首のケロイド 。


頬は粉瘤の手術痕。

首は甲状腺の手術痕。


前回まで、ステロイドの注射をしていました。


結果、

頬も首も、ケロイド の盛り上がりは無くなった。むしろ、凹んだ。

皮膚が薄くなり、凹んだ形状になった。


これはステロイドの副作用。


最初から説明されていなかった。


でも、仕方ない。


もうなってしまったんだから。


ただ、赤みがどうしても気になる。


保険適用内で無理なら、適用外の治療でもいい。


この赤みがなくなるなら、仕方ない。


そう思ってたけど、


医師からは


これ以上治療することがない、どうしても気になるならお化粧で隠してください、と。


ショックだった。


医師は女性。


頬も首もこんなキズがあるのに

もうこれ以上治らないなんて、ショックすぎる。


これからずっと、

可愛いと思った服も着れない。

頬の傷を化粧で隠し続けなくちゃいけない。


よくなると思って頑張ってきた治療なのに

一気に心が折れた。


病気になって

一気に太って

眼が出てきて

顔が変わり

キズも消えず。


心がもう、きつい。


見た目の変化は、もう十分でしょ。


もういいです。


帰宅してから2時間くらい泣いた。


治そうと頑張っても、

治ると期待しても、

どっちみち無意味なら、

頑張りたくも期待したくもない。


期待してダメだった時のショックは、何度経験してもまだ慣れない。


久しぶりにこんな感情になった。


"なんで病気なんだろう"


前向きになれるなら、なりたい。


友達からキャンプのお誘いラインが来てたけど、無理。


みんなに会いたいけど気持ちの整理がつかない。

写真になんか写りたくない。

記録を残したくない。


思えば、ここ2年くらい、自分の写真がほぼない。

昔は好きだったのにな。


笑って写真に写る事がなくなった。


悲しすぎる。

夫婦問題

きょーは

日付を跨いだので、私の誕生日


毎年24時になった瞬間、おめでとうって言ってくれる夫


今日も待ってたけど、ずっとゲームしてる。

24時になった瞬間、

あ!って言ったから

おめでとうって言ってくれるのかなって思って、ドキっとしたら

ゲームのミスだったみたい。


それから30分。

まだ言ってくれない。


気づいて欲しくて、ちょっかい出したら、それが痛かったらしい。


おめでとうどころか

謝って。と言われましたとさ。


ムカついたから謝らなかったけど。

謝らないのかよ、と言われ

こっちのセリフだと思ったけど口には出さない。

怒るだろうから。


そして今24:50だけど、まだおめでとうを言ってこない。


誕生日とか、そういうことよりも今日の飲み会の方が楽しみなのかな。

今日の夜中、前の職場の飲み会に参加するらしい。


妻の誕生日の夜に。

元職場の飲み会に。

結婚して初めての誕生日に。


本当は嫌だったけど、行かないでって言ったら怒りそうだから、行っておいでって許したけど、


嫌に決まってる。


誕生日の夜にひとりで寝るんだ。

新婚なのに。


飲み会は私の誕生日の夜だけど、

24:30開始だから、

私の誕生日を30分過ぎてるから、

誕生日当日ではないから、

だからいいでしょ、


との事らしいです。

そんなに元職場の集まりが楽しいんだね。



じゃあ誕生日当日の24時30分にはお祝いしてくれるのかと思いきや、謝れと言われる始末。


悲しい。


最近、ずっと元職場の女の人とラインしてるし、気持ち悪い。


もう私のことなんて、大切じゃないのかな?

今も背中向けて寝てる。

嫁が泣いてたら、せめて気に掛けろ。


泣いた理由を言ったとしたらどうなるかな。

そんな事で?泣くほどのこと?そんなに?

とか、言われるかな。


それで、夫が怒ってしまうかも。


それか、ごめんって謝ってくれるけど、不満そうな態度をするか、かなぁ。

ただ謝ってほしいだけじゃないんだけどな、

ごめん、って抱きしめてくれたら嬉しいな。


私たちは、微妙に重きを置くポイントがずれてる気がする。


そんな事?じゃないんだけどな。

そんな事、だからこそわかり合いたいんだけどな。


おめでとうって

その一言だけで良かったのに。



誕生日の幕開けは悲しい気持ちとともに。

サイアクだ。



追記

泣きながら、12時過ぎたね、謝れって言われて悲しかったって言ったら

ごめんって謝ってくれたけど不満そうな態度でした。

眼症の話し

過去記事

 

graves.hateblo.jp

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2の記事では、初めての受診でまぶたへの注射。

経過観察で3ヶ月後に再受診をする予定、というところまででした。

 

 

そして、まぶたの注射からおよそ3ヶ月後

2019年3月x日、

2回目の受診のため、またしても飛行機に乗り病院へ向かいました。

 

今回は2回目なので初めての時のような緊張はなく、

場所も分かっているし、

楽な気持ちで向かった。

 

前回と同様に受付後にすぐ呼ばれ、1階へ案内され、MRIの撮影。

今回の看護師さんは、こころなしか前回よりもちょっと冷たいような…?

なんか、緊張してきた、今日はやばいかも。

と、思っていたら、やっぱり。

 

どうにか我慢で乗り越えられたけど、

最後の方はパニックの症状が出てしまい、パニックに。

涙が止まらなかった。

 

だけど本当にギリギリ最後の方だったので、撮影自体はOKでした。

一安心。

 

撮影を終え、靴を履き替えている時

MRIの順番待ちをしている次の患者さんがいたので、

泣いている顔を見られたくなくて、ずっと下を向いて靴紐を結んでいた。

 

そこに男性の看護師さん(?)がいらして

淡々と

「次は2階に行ってもらって~、なんちゃらかんちゃら~」

と、一切顔を上げない私へ向かってひたすら喋っている。

 

気が利かないなぁ…少し休ませてほしい…。

そう思っていたら、案内してくれた女性の看護師さんが慌てて飛んできて

男性看護師さんへ耳打ちをしたと思ったら、

そのまま無言でいなくなった。

 

女性看護師さんが私の状況を伝えてくれたんだろう。

 

前回のMRI撮影の際はとても好印象だったので、今回はちょっとショックだった。

 

そしてなんとか落ち着いてから2階へ戻り、診察の待合へ。

 

ここで1時間くらい待って、院長先生の診察。

今日は、前回の注射の経過観察だし、

明らかに見た目はよくなったし、特に問題なく終わるだろうと思っていたら

なんとなく、先生の顔が…困っているようなそんな表情に見えた。

結果としては、手術を勧められた。

  • まぶたがつり上がっていたのは改善されている
  • 追加の注射は必要ない
  • 眼球突出の症状が残ってしまっている

眼球突出が残っているという事は、

まぶたの裏の炎症はもう止まっているが、組織が大きくなったままストップしている。

だから、眼が出てしまった状態のまま。

このまま自然に眼が引っ込むことはないし、これ以上出てくることもない。

という事らしい。

 

炎症が現在進行形で起きている場合は、ステロイドの点滴や注射で治療ができるけど、この状態の場合は”眼窩減圧術”という手術をするしか治す方法はない。

 

その場合は、全身麻酔での手術。

両目なので2週間の入院。

 

ただ、これ以上良くも悪くもならないという状況なので、

すぐに手術をした方が良い、というわけではない。

 

しいて言えば下まつ毛が生まれつき逆さまつげで、

突出したことにより、さらにしたまつげが眼球にささっている状態になっていることがあまりよくない。という事くらい。

 

もし”眼窩減圧術”をしないのであれば、逆さまつげを治す手術だけでも受けたほうが良いのかも、という状態。

 

話を聞きながらいろいろと考えた。

 

また手術…、また全身麻酔…。

眼の手術って、怖い

甲状腺の手術の時みたいに、合併症が出てしまったら…?

でも、今回の手術さえ乗り越えれば、昔の顔に戻れる

たった2週間、人生の中でたった2週間頑張ればいいんだ…

 

など、ぐるぐるとめぐっていると、先生が

手術が混んでいるので、4か月以上待つかもしれない、

遠方だし、申し込みだけしに来るのは大変でしょうから

いったん申し込みだけして、気持ちが固まったら電話で日にちを決めるようにできるよ、と。

もし考えてやっぱりやめるって思ったら、それも電話でキャンセルしてくれればそれで大丈夫だから、と、言ってくれた。

 

もうこの時点で気持ちはほぼ固まっていたけど、

お言葉に甘えて、いったん仮の申し込みをさせてもらう事に。

 

そしてこの日はこのまま別室で入院や手術についての申し込みをして、終了。

 

数日中に連絡します、といって病院をあとにしました!

 

やっと「手術の申し込み」まで。

 

またまた長いのでここで切ります。

2019/03/27内科受診

かかりつけの地元の総合病院での受診日。

皮膚科の受診もあったので、13時30分頃に到着。


まずは採血(内科)

14時00分から皮膚科(にきび)

待ち時間挟んで

15時30分の予約で内科。


待ち時間はコーヒーを飲んだり

携帯いじったり

うとうとしたり。


内科はいつも1時間くらい待つ。


内科の待合に、明らかにバセドウ病の方いた。

甲状腺の専門医がいるので、今までも同じ病気らしき方は何人見かけている。


でも今日の方は思わず見てしまった。

顔つき、というか目。


比べることじゃ無いけど、私より症状が出てる、と思ってしまった。


ついチラチラ見てしまう。


だけど、その方も多分私の顔を見て同じ事を思ったんだろう。

ただの被害妄想なのかもしれないけど、

私の方を見たあと、家族の方に何か耳打ちをして、その家族の方が私の方を見て

「あ〜、、、」と。

たしかに。とでも言いたげな顔で見ていた。


私的には、以前よりだいぶ顔貌はマシになったような気でいたけど

きっとそうでもないんだろうなぁ。


バセドウ病でも全く顔が変わらない人もいるのに。


なんで私は。



気持ちの浮き沈みが激しくて困る。  


ここの総合病院に通いだしたのが、2018年3月。

今は2019年3月なので、ちょうど1年。


1年前には、甲状腺を取るなんて考えてもいなかったなぁ。


少しずつ、少しずつ、

ちょっとずつでも良くなっていけばいいんだ。


自分のためでもあるけど、

それ以上に家族のために、元気にならなくちゃ。


眼症の話し2

前回の記事の続き~。

 

 

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2018年12月x日。

初めてのO眼科受診へ。

 

地元の病院であらかじめ撮影したMRIのデータと紹介状を持参した。

ただ、この持参したMRIデータが微妙だった。

撮影した時、閉所恐怖症のような症状が出て、パニックになってしまい、

途中で中断してしまった時の撮影データだったから。

 

もしまた今日MRIを撮ると言われたら嫌だな…と、緊張。

 

受付を済ませまずは検査。

すぐに呼ばれた。

視力検査や眼圧など、一通りの検査を終えて診察待ち。

 

紹介状のあて先は院長先生だったので、診察は院長先生でした。

 

1時間くらい待って、診察室へ…

緊張する…

 

にこやかで優しそうな先生だったので、緊張はすぐにほぐれた。

ただやっぱり今日もMRIを撮ることに。

急遽だったけど予約の間に入れてくれて、撮影。

 

撮影はエレベーターで1階へ行き、看護師さんがずっと一緒にいてくれた。

そして前回パニックになった事も告げた。

 

とっても優しい看護師さんで、

我慢しないで。つらくなったらすぐに止めます。と言って、最後にブザーを握りしめている手を”ポン、ポン”としてくれた。

これが、すっごく安心した。

視界が無くなっている分、こういうボディータッチがとても安心できた。

おかげでパニックにならず無事に終了。

 

診察室へ戻り、再度院長先生の診察へ。

 

結果としては

 

  • まぶたの裏の炎症はおさまってきている。
  • 急性期から慢性期に移行している段階
  • 筋肉の炎症とまぶたの腫れは後遺症
  • ステロイドパルスの効果は期待できないので必要なし
  • 治療法としてはまぶたへの注射(ステロイド

 

まぶたへの注射をした場合、効果は3ヶ月ほど持続するけど、それで腫れ自体が引けば今後、注射の必要もない。

私の場合は、特に左側のまぶたの腫れが目立ち、まぶたがつっている状態だったので

左目だけの注射でOKだそう。

 

※まぶたがつっている状態は、簡単に言うと指でまぶたを上に引っ張ったときのような感じが常に。という感じ。普通の人より目がむき出しになってる感じです。

 

まぶたに注射かぁ…こわいな。がまず最初に思った事。

でももしやるなら、この後すぐにできると言われた。

わざわざ飛行機に乗ってここまで来て、結局何もしないで帰るわけにもいかないな、と思い、お願いすることに。

 

説明のDVDを見て処置室へ。

待っている間にまぶたを冷やして、注射は本当に一瞬。

すぐ終わった。

 

これで腫れは引くはずだから、今回で終了にしても良いし、来れるならまた3ヶ月後に来てねと言われた。

でもそのあとに

出来れば経過観察の為に来てほしい。と言われ、

私自身もこれで終わりにするのは少々不安なので、3ヶ月後に予約をすることにした。

 

 

地元の病院では、何もすることはないと言われて落ち込んだけど、

やっぱりここまで来てよかった!

これで少しでも見た目が変わったらいいな。

と、思った。

 

そして大体2週間ほど経過したころ、

家族に「まぶたの腫れが少しおさまってきてるよ」と言ってもらえたー。

注射の効果があった^^

 

良かった。

 

次回の眼科は経過観察だし、特に何もないはずだけど、

一応予約もしたし3ヶ月後にまた飛行機に乗って行かなくちゃ。

 

きっと、ただ状態を診てもらって終わり、ってなるんだろうな。って思ってたけど

結局、手術をする事に。

 

続きます。

眼症の話し

 先日の記事では、眼症は治らないと言われショックだったこと、精神的な辛さを記しました。

 

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今は日本で唯一、バセドウ眼症の専門と言われているO眼科さんへ通院しています。

そして手術の申し込みをして、あとは日程調整の連絡待ち、という段階。

手術名は

 

甲状腺眼症眼窩減圧術(経結膜+経皮)」

 

そこへたどり着くまでの経緯を…。

 

今の甲状腺の主治医(引っ越し等色々あり、現在の主治医で3人目)に初めて診察をしてもらった時、甲状腺の状態についてはもちろん、眼の症状にも注目してくれていた。

 

最初の診察の段階で、すでに現在通っているO眼科の話が出ていた。

 

でも、まずは甲状腺自体の治療が優先。

どんなに眼の治療をしたって、甲状腺がまだまだ眼に働きかける。

 

優先順位は

1.甲状腺

2.眼

 

甲状腺の状態が落ち着いたら、眼に進みましょう。

と言われていた。

 

そして2018年8月、甲状腺亜全摘術。

 

これが終わったら、やっと眼の治療に進められる!

と、思って頑張った。

 

眼はもとに戻らないといくら言われていたって、

治療するすべがあるなら、もしかしたら可能性はあるのかもしれない。

そうやって期待をしないと心がついていけなさそうだった。

 

何かしらの方法があるはず。

 

まずは主治医に紹介状をもらい、通院している総合病院の眼科へ。

 

女性の先生だったので、顔が変わってしまった辛さを分かってもらえた。

だけど治療法としてはステロイドパルスしかない、と。

大量のステロイドを点滴で体内に入れ、数週間休み、また入院で点滴の繰り返し。

副作用で顔が丸くなることを、ムーンフェイスと言うそうで。

 

でも時間が経てば丸くなった顔は落ち着くらしい。

 

顔が丸くなっても、元に戻るなら全然大丈夫。

その間の治療を頑張れば、この見開いた眼がマシになるなら、全然大丈夫。

でも、人によっては効果が全くない可能性があるらしい。それだけが気掛かり…。

だけど、少しでも可能性があるなら賭けたい。

いろんな思いがグルグルと。

 

すぐに結論を出さなくてもいいので、2ヶ月後の診察までに考えておいて下さい。と言われ終了。

 

その時点で、ほぼ気持ちは固まっていた。

 

挑戦したい。

 

そして次回の診察日。

この日は男性の先生だった。

 

前回の治療の話はなかった事になっているかのように、突出具合を測ったり、淡々と診察が進む。

そして

「見た目だけの問題だと思うので、できる事はありません。」

と言われてしまった。

 

あれ?前回の先生と言ってることが違う。

男性だから、見た目の辛さを分かってくれないんだ。

 

でも強く言えず、そうですか…と言うしかなかった。

 

やっぱり、元の顔に戻る事はできないんだなって、またネガティブ思考に陥った。

 

今になって思えば、

女性の先生が診察した2ヶ月後に男性の先生の診察。

この時点で、突出具合に進行が無かったので、

眼の後ろの炎症はないと判断されたんだろう。

 

ステロイドパルスは炎症を抑えるための治療だから、私には不向きだと。

というか、効果がないと判断された。

そういう事だったんだろうな。

 

結局、この総合病院での眼の治療は諦めた。

 

そのことを主治医に告げると、やはりO眼科を勧められた。

ただ前回の甲状腺の手術をした時も、私の住んでいる場所からは飛行機で行かなくてはならない距離にあり、旅費がかさんだ。

 

O眼科も原宿なので、同様に飛行機+ホテルで旅費がかさむ…

 

なので二の足を踏んでいた。

 

だけど、もうそこに行くしかない。

行って診てもらって、同じように何もできないと言われたらもうあきらめる。

 

最後の望みを持っていく事を決意した。

再び紹介状を書いてもらい、電話で受診の予約を済ませ、

甲状腺の手術から約4ヶ月後の2018年12月x日。

最初のO眼科受診へ出発。

 

長くなってきたので

続きます。

バセドウ眼症で味わった辛さ

バセドウ病と診断されるよりも、少し前

大体3か月前くらいから、まぶたの腫れが気になりだした。

 

元々、目は大きめで

まぶたには厚みがあるほうだった。

泣いたりした次の日は試合後のボクサーみたいになることもあった。

 

でも、

前の日に泣いたわけでもお酒を飲んでむくんだわけでもない、

ただ、まぶたがいつもより腫れているなぁ、くらいに思っていた。

 

ネットでまぶたの腫れが引くマッサージ方法を試してやってみたけどイマイチ効果が無い。

 

今になって思えば、そのころから眼に症状が出ていたってことなんだけど

病気になっていることもまだ知らず、

バセドウ病の事も、そのせいでまぶたが腫れていることももちろん知らず、

なんでかなぁって思いながらマッサージをしていた。

そんなんで引く訳もなく。

 

そして2017年(平成29年)1月、ついにバセドウ病が発覚。

発覚までの経緯はまた別の記事にて。

 

そのころにはすでにだいぶ顔貌が変わっていた。

 

そのころ診てもらっていた先生には、

「もう昔の顔に戻る事はない。目は治らない。」

と、ハッキリ言われてしまった。

 

とてつもなくショックだった。

だって、バセドウ病って、治療をすれば完治する病気で、治ったら症状の一つである眼だって元に戻るんだろうな、って、その程度の知識だったから。

 

もう一生こんな顔のまま

どんなに甲状腺の状態が良くなったって、眼はこのまま。

 

そう言われてすごくショックだった。

 

私はどちらかと言えばアクティブな方で旅行やイベントに出かける事が好きだった。

思い出を残すため、写真を撮るのも撮られるのも大好きだった。

ウィンドウショッピングも好きだったし、

おしゃれをしてお出かけをする事が好きだった。

お化粧することも好きで、20代のころはアパレルショップで働いていた。

特別美人ではないけど、自分の顔はそれなりに好きだった。

可愛くなるための努力も好きだったし、人前に出る事も好きだった。

 

 

でも、病気になって、それが全部180度変わった。

 

 

写真に写りたくない、この顔を残したくない、自分が写った写真は見たくない、

自分が写った写真があれば削除する。

どうしても映らなくちゃいけない場面では顔を下に向けて隠した。

誰にも会いたくないし、人前に出るのが怖い。

もし友人や知人にばったり会ったら、きっと驚かれる。

普通はバセドウ病という病気の事なんて深く知らないんだから、太った事や顔が変わった事が病気のせいだなんて、きっと分かってもらえない。

 

必要最低限の外出時にはマスクとサングラスで顔を隠した。

それ以外はほぼ家に引きこもるようになった。

 

実際、勇気を出して外食をしにお出かけをしたら、ばったり友人に遭遇してしまい、声をかけられた。

 

本当なら久しぶりの再会を喜ぶべきなんだけど、

会ってしまった、最悪だ。と思った。

 

友人は悪気なく久しぶりの再会を喜び、話が尽きない。

「久しぶりだね、なんだか大きくなったね!」

…太ったって言いたいんでしょ、もう分かってるから。言わないで。

「久しぶりだからびっくりしてるのー?驚いた顔してる」

…眼症で目が見開いているだけ。やっぱり私の目って驚いて見えるんだな。

 

私はほとんど下を向いて、「うん…」程度の返事しかできなかった。

割と仲の良い友人で、昔から太った痩せたなどの話はよくしていた間柄だったけど、今は、やっぱりつらい。

 

精神的にきつい。

 

悲しい顔をすると、せっかく外食に連れ出してくれた家族に申し訳がないので、なるべく平気なフリをしていた。

 

だけどやっぱり、

つらくて悲しくて、

なんで病気になったんだろう、

なんで私なんだろう、

 

 

誰にも会いたくない。

 

どうせまた今日みたいにバカにされるんだから。

 

そんな風に考えてしまって、布団の中で泣いた。

 

バセドウ病の名前は知っていても、眼に症状が出る事まで知っている人はあまり多くないと思う。ましてや、太るなんて。

 

調べたらたくさんの情報が出てくるし、知識は増えると思う。

 

でも実際の苦しみや悲しみは、やっぱり

当事者じゃないと分からない事がほとんど。

 

バセドウ病にかかって顔貌が変わって悲しい想いをしている方のブログや記事を何度か目にして、私だけじゃないんだ…って思えた。

 

もちろん私よりも、もっともっとつらい思いをしている方もいると思うし

逆に自分よりはマシって思う方もいると思う。

 

それでもいいんです。

誰かの目に留まって、分かち合う事が出来たらいいな。

 

ネガティブは言葉ばかりの記事になっちゃった。